とうとうたらり

〜 清遊漫録・日々徒然 〜

『我々は宇宙人』

 勉強会の課題作品になるかもしれません。(まあ、あまり関係ないか。この文言、次回以降、書かないようにしましょうかね。)

 

 門脇康平という新進気鋭のアニメーション監督の長編作品です。少数精鋭で作り上げたことがクレジットからも分かります。そのためアニメーションの精度が高く、質が安定していました。小規模の方が統率を執りやすいのでしょう。

 

 平成時代の小学校を主な舞台に、内向的な性格の翼とお調子者の暁太郎の交流とその関係の変化が描かれます。周囲に馴染めない翼はクラスの人気者暁太郎と仲良くなりますが、暁太郎がクラスで孤立し始めるとしだいに彼も距離を置き、無視をし始めます。やがて翼は、二人の関係を決定的に破綻させるある事件を起こし…

 

 アニメーションの質が極めて高いです。ロトスコープ(たぶん?)での子どもの動きのリアリティには目を見張りました。表情の細やかな変化も丹念に描き込まれています。構図の採り方も決まっていて、画面の緊張感が持続していました。水路を見下ろしたカットが特に好きでした。また、中盤からのホラー映画に見られるような演出も面白かったです。子どもの誇大妄想が具現化されていたと思います。アニメならではのリアリティラインのシームレスさが生み出す切迫感がありました。床から撮る映像も良かったですね、あれもアニメだからできること。汁物の入った容器を落として廊下に拡がっていく汁を教室側から捉えたところなども気が利いていました。ペンやトイレットペーパーの金属部分が顔を反射する描写も素晴らしかった。とにかく枚挙に暇がありません。そんな中で私が最も惹かれたのはディテールの巧みさでした。コラショの目覚まし時計・ポケモンパンシール・瞬足などの時代風俗やカーテンの中をぐるぐる移動する描写はフックでありながら、鑑賞者の過去を作品世界へと接続させる機能を果たしています。ディテールが当時の記憶を引き出すところにクレバーさを感じました。手裏剣の金紙なんかも実に良かったですね。金紙と銀紙は大事だったもんなぁ。

 

 一方で、終盤の展開には疑問を感じました。脚本は大きく前後半に分かれていて、前半は翼視点、後半は暁太郎視点で描かれ、終盤に二人が再会します。しだいに周囲から浮き始めた暁太郎ですが、翼とある出来事を境に決定的に疎遠になってからはクラスのいじめの対象になります。相棒だった翼に無視され、濡れ衣を着せられ、いじめられたことで、暁太郎は社会的に人と関わるのがほとんど難しくなりました。彼は過去の出来事を消えない痛みとして抱え続け、復讐の念に駆られながら、後の人生を生きることになります。彼は、翼や過去の出来事とそんなに簡単に和解できるでしょうか。最終盤の首都高(?)での場面は加害者都合の語りに思えて、釈然としませんでした。あの場面は両者を交互にアップにするとか、それくらいで良かったのではないでしょうか。

 また、煽りショットの多用はすぐれた演出や構図の連続の中で粗に映りました。アニメーションのドライブ感には凄まじいものがありますが、所々は激情的に描きすぎの感も否めません。それは先述のホラー演出とは異なり、時に作中の人物をも毀損し得る可能性を含んでいないでしょうか。

 暁太郎がプロットのために短絡的な人物造形に見えてくる脚本の後半部分とそのために生じた一部の扇情的な演出が抱える問題は同根だと思います。反省的に振り返りたい部分です。プロダクションが小さいと、客観的に見える範囲もその分狭まってしまうのかなと。何事も良し悪しですね。

 

 いろいろと書きましたが、今年劇場で観た作品の中では最も面白かったです。次回作にも期待しましょう。

 

 擱筆

 

『最終楽章 響け!ユーフォニアム 後編』

 勉強会の課題作品になるか、未定です。

 

 京都アニメーション制作の人気アニメ「響け!ユーフォニアム」シリーズ完結編となる劇場版2部作の後編です。テレビシリーズ3期の再編集+α の内容で、全国大会から部活動の引退、卒業までを描いています。

 前回までスピンオフ作品『リズと青い鳥』しか見ていなかった私ですが、最終楽章前編をきっかけに、TVシリーズ1期から3期“第10話まで”と、その合間にスピンオフ作品『誓いのフィナーレ』『アンサンブルコンテスト』を鑑賞し、深く感銘を受けました。感動し過ぎて、最終楽章後編の鑑賞まで全国大会の結果がネタバレしないよう努めていたくらいです。が、今回はそれが裏目に出てしまい…そういう経緯での感想であることをあらかじめご了承ください。

 

 全体には、気合いが入りすぎてしまったかなという印象でした。それを最も感じたのは、全国大会での演奏場面です。北宇治高校吹奏楽部はコンクールの自由曲に「一年の詩〜吹奏楽のための」を演奏するのですが、この演奏が過去の自由曲「三日月の舞」「リズと青い鳥」と組み合わされた編曲ver.として流れるのです。会場に響いているのは「一年の詩〜吹奏楽のための」ですが、観客には音楽的な回想を示します。ただ、TVシリーズ3期後半を見ていなかった私は、あんなに練習してきたのに音楽を再編集されてしまうのをもったいなく感じてしまいました。その他の回想の挿入も、申し訳ありませんがくどく感じました。過去作品に大きく寄りかかっている点で、前編よりも独立性に欠けた作品といえます。ただ、この辺りは恐らく何度も何度も作品を見直してきたであろうファンの方々は、万感の思いで鑑賞したのでしょう。ユーフォニアムのために書かれた「響け!ユーフォニアム」を奏者4人で演奏するシーンも、他のパートが加わって吹奏楽の音楽になるところが余計に感じてしまいました。それがエモなのかもしれませんが、4人のみで聴きたかったですね、ユーフォニアムのための楽曲なのだから…「何か残せただろうか」という台詞もくどかったり、そういう部分は気になりました。あと、私は「泣いている人物を正面から捉える描写」が得意じゃないので、そういう場面が多かったのも難でした。

 

 一方で、新たな追加シーン(と後から知った)は、黒江真由と久石奏が好きな私には最良の仕上がりといえました。黒江真由は、3期で半ば亡霊のように久美子の前に現れます。一見して鏡像関係にも思える二人ですが、図式的な単純化を採らないのが『響け!』シリーズの脚本の優れたところで、彼女には彼女の譲らない頑なな信念がある。本作で彼女の過去と内奥が見えたことで全国大会で演奏する姿がより鮮烈に映りました。また、相手の心理を先回りしてくるイヤ〜な後輩久石奏は『誓いのフィナーレ』で久美子に陥落し、腹心の後輩となっています。いわゆるツンデレ的要素を多分に含む彼女が、久美子と一緒に演奏したい願いを叶えぬまま別れの日を迎えるシーンは本作の要といえましょう。こうして物語は紡がれていくのですね。その他にも追加シーンがあったかと思うのですが、いかんせん3期後半を見ないでいたために、どこを増やしてどこを削ったのか鑑賞中はまったく分からず… ええ、見る順番をミスりましたよ。

 

 さて、家に帰って、TVシリーズ3期11話〜13話を見始めたら、滂沱の涙が溢れてきました。「お前の部屋は大吉山か」というくらいには泣きまして、翌々日まで目の腫れが引きませんでした。ということで、しばらくはこの余韻に浸ることになりそうです。

 素晴らしい作品に出会えたこと、一人ひとりの人物が心に留まっていること、幸せな気持ちで満たされております。本当にありがとう。京アニ最高。

 

 擱筆

 

『映画 名探偵プリキュア! 不思議な庭と2人の秘密』

 勉強会の課題作品になるかは、未定です。

 

 「名探偵プリキュア!」の映画作品です。私は「デリシャスパーティープリキュア」をきっかけにプリキュアシリーズが好きになり、毎週欠かさず視聴しています。今年も面白いですよ〜

 

 謎の怪物ダメダメにバツ印を付けられて街中のいろんなものが動かなくなってしまう事件を調査する主人公たちの前にレインと名乗る妖精が現れます。「かりんをダメダメから守ってほしい」との依頼を受けて不思議な庭園でたどり着くと、そこには同い年の女の子かりんと彼女を見守る妖精のアランがいました。どうやら庭にダメダメが現れて困っているようで…

 

 私は、「自分がどうしたいのかの答えが自分の中にあると気づく」物語が好きです。本作は探偵の主人公たちではなく、準主人公のかりんが自分のなかに“アンサー”を見つけたことに心を打たれました。それは彼女にしか見つけられないものだから。閉した心に光を当てるのではなく、閉じかかった心の隙間から伸びる自分の光に気づかせてくれる作品でした。一緒に観に行った大人はもちろん、子どもが少し大きくなってから見直したときにも支えになるはず。自己嫌悪に陥ったとき、ダメダメが現れてバツ印をつけ始めてにっちもさっちもいかなくなったとき、この作品を見直すことになりそうです。

 

 一方で、瑕が見られたことも確かです。本作では、かりんの背景が断片的にしか提示されません。テストの点数が悪かった、友達の輪に入れなかったといった過去が回想されますが、それだけではどうしてこれほどまでに孤独を深めているのかを説得的に描き切れていないように感じました。あと5分長くていいから、かりんがどういう生活を送っていたか、どうして自己嫌悪に苛まれるようになったかを直線に描いてほしかった。そうすることで、みんなでかりんの手作りケーキを食べるシーンなどもいっそう生きたと思います。ただ、結局のところ私たちは「他者を断片的にしか知り得ない」という意味では、適切な描き方ともいえます。物語のための材料を得ようとする方が罪かもしれません。

 要所の設定も気になりました。かりんの自己嫌悪が募りに募って生み出されるダメダメですが、それが倒されると宝石が現れる。宝石はかつてアランが石を変化させたもので、アランは俺のせいだったのかと気がつく。しかし、それはポチタンの願いでミラクルライトにも変化する(それはいいか、“ともだち”の具現化だから)。お城?の中があんなにガコガコと動き出すのも妖精の力でしょうか。腑に落ちない箇所がいくつかありました。

 個人的に最も難を感じたのは、終盤の配色です。ダメダメの影響で背景が全体に灰色っぽいトーンに変わるのですが、このおかげでキャラクターの明度も落ちてしまうのです。演出なのか、錯視なのか、いずれにしてももったいないと感じました。ずぶの素人が恐れ多いのですが、終盤の視覚効果について、どのような色彩設計を行なったのか気になるところです。

 

 とはいえ、みくるの叱咤、ポチタンの大活躍、アルカナがシャドウになる展開(ありがとうゴウエモン)、アルカナとエクレールの浄化技、先輩プリキュア(悟くんと大福も!)の応援など、見どころ満載のてんこ盛りで、今年も大いに楽しみました!

 

 擱筆

 

『オデュッセイア』

 勉強会の課題作品です。

 

 クリストファー・ノーランの最新作。私はノーラン作品が得意ではないのですが、前作『オッペンハイマー』が彼のフィルモグラフィーの中ではいちばん良いと思ったので、だんだん相性が良くなっているかも?と淡い期待を抱きながら見てまいりました。

 

 原作は、ホメロス『オデュッセイア』。私は『ホメロス物語 イリアス・オデュッセイア』(岩波ジュニア新書)を読んだ程度なので、本作で字幕監修を務めた藤村シシンさんご出演のTBS「アフター6ジャンクション2」を予習代わりに拝聴しました。が、どちらかといえば前史であるトロイア戦争を押さえていったほうがいいと思います。

 

 『オデュッセイア』は、トロイア戦争に勝利したオデュッセウスが故郷イタケーに帰るまでの苦難を描いた叙事詩です。そこに地中海世界の崩壊という史実を重ねて描き出したのが本作の特徴といえます。エンタメ性を盛り込みつつ、現代社会を射程に収めた作品になっていると思います。西洋古典をハリウッド式に落とし込む手腕は見事です。

 

 ただ、李相日『国宝』と同様、カット割りが細かいのが気になってしまいました。IMAXで見たのですが、ショットに没入する時間がもうちょっと欲しかったのが正直な感想です。近年のメディア環境の変化、とりわけショート動画の広がりを考えれば、大作映画では仕方ないのかもしれませんが、脚本が素晴らしいのだから、もっとどっしりと低重心で撮ればいいのにと思いました。

 加えて、アクションの撮り方が上手くありません。劇中の人物たちと同じくらい観客も「今、何が起きているのか分からない」状態が続きます。映画的な演出に工夫が欲しいと思いました。一方で、キャメラの目線≠神の目線が意識されているともとることができましたし、神話的な雄弁さを抑制したととることもできました。というのも、最初から最後まで画面に映るのが人間人間人間で、これが私には若干疲れたのですが、とにかく人間が映るのです。これが本作の肝であり、終盤に繋がっています。そう考えると、人間目線?で味気なかったアクションもその意図を(半ば妥協的ですが)理解することができました。じゃあ、ノーランにとってキャメラと被写体の関係はどういう意味を持つんだろう、というのが気になったところです。

 でも、殺陣とか、わらわらと集まっている群衆の様子とか、到底太刀打ちできない巨人族の背の高さとか、演出があまり上手いとは正直思えないんですよね。スペクタクル感や音響で乗り切っているというか、もうちょい撮りようなかったのかなと。自然とか美術とか時代風俗も、せっかくだからリッチに撮ってほしかった。そうした奥行きに欠けました。あと、とって付けたようなフェミニズム目配せ台詞、設定に鼻白んでしまったりもしましたね。なんだろう、ノーランの抜け切らない商売っ気が好きじゃないのかな…

 

 今回もルドウィグ=ゴランソンの音楽は素晴らしかったです。杖をドンドン叩く冒頭の場面も良かったですね。トロイの木馬の内部やキルケのもてなしで兵士たちが豚にされてしまうところなど、印象に残る場面もありました。作品のテーマといえる「内からの文明崩壊(「神への捧げ物」としてオデュッセウスたちが潜んだ木馬を城内に持ち込ませる計略が契機となってトロイが滅亡した。それは神への背信を意味しており、地中海世界の秩序を根底から覆す不可逆な行為であり、文明社会のモラルハザードを誘引する。引き金を引いた彼は、その罪の意識を抱え続ける。故郷イタケに禍をもたらすとされる「海の民」は、なんと彼自身だった。)」が真っ直ぐに現代を照射するところは胸に迫るものがありました。

 

 擱筆

 

『魔法少女まどか☆マギカ ワルプルギスの廻天』

 勉強会の課題作品です。

 

 大人になるまでほとんどアニメーションに関心がなかったため、まどマギは世代でありながら通っていませんでした。友人から現在鑑賞中の『名探偵プリキュア』に設定が似ていると聞き、出戻りしていたNetflixにてTVアニメと『叛逆』を鑑賞、大いに感銘を受け、13年ぶりの新作公開とも重なったため、この度の鑑賞に至ったしだいです。

 

 『叛逆』の最後に自ら悪魔と化した暁美ほむらの手で円環の理から引き戻された鹿目まどか(の一部)は、ごく普通の少女として暮らしています。お馴染みのキャラクターは魔法少女として活躍していますが、やはりまどかが魔法少女だったことを覚えていません。暁美ほむらは、鹿目まどかが円環の理であったことを思い出さないように注意を払いながら魔法少女として生きています、見滝原の少女たちを操りながら(?)。そこにすべての魔女の始まり名塚底根(なづかそこつね)から3人の魔法少女(?)が現れて…というお話です。

 

 アニメーションには見応えがありました。シャフト演出と呼ばれる独特の演出やコラージュ、混線した乱れた現代絵画のような画にも惹かれました。総じてマニエリスティックな雰囲気は好みで、圧倒されました。一方で、脚本は散漫さが目立ちました。鹿目まどかにドラマ性が薄く、十分なカタルシスが得られなかったように思います。お人形さんのようで、戸惑いはあっても葛藤は感じられませんでした。暁美ほむらと美樹さやかにもっと焦点を絞ればよかったのではないかと思いました。

 とはいえ、画へのこだわりを見せたいのであれば、それはそれでいいのかもしれません。というのは、新規ならではの考えでしょうか。有り物のコンテンツを擦っているだけとも言えます。ファン積年の思いに応えるものであったかは分かりかねました。私は、結構楽しみました!

 

 擱筆

 

『クレヨンしんちゃん 奇々怪々!オラの妖怪バケ〜ション』

 勉強会の課題作品です。

 

 「クレヨンしんちゃん」を見せない方針の家庭に育ったので馴染みがありません。劇場公開作品も『オトナ帝国の逆襲』以外に見たことがなく、新鮮に楽しみました。

 

 日本各地で怪奇現象が頻発する中、野原一家は夏休みにひろしの実家がある秋田に帰省します。一夜明け、野原一家が泊まっていた部屋中には観光スポットと思しき「おばけーしょん村」のチラシがたくさん貼られていました。そのチラシに釣られて向かった一行。しかし、そこは「妖怪の国」の入口で…というのが、あらすじです。

 

 丁寧な演出の積み重ねが見える作品で、特にも冒頭は引き込まれました。妖怪の国のディテールもよく描けていて、作品世界の広がりを感じさせました。お話も、見かけや暮らしが違うからとお互いがお互いをよく知らぬまま怖がっていたと反省する辺りは社会への洞察を感じさせ、子どもと大人が一緒に鑑賞するのに適したテーマだと思いました。お馴染みのキャラクターがお尻玉を取られて妖怪化するときの妖怪大図鑑みたいな演出も好きでした。子どもは、ああいうの楽しいですね。あと、これは私が「クレヨンしんちゃん」に馴染みが薄いからだと思いますが、おバカなしんちゃんとシリアスな場面のギャップ、緩急の巧さに感心しました。こういうフォーマットは持続力があって強いですね。

 

 脚本については、難がいくつかありました。本作にはまめた(しんのすけが最初に出会う妖怪で、野原一家を妖怪の国に招待する)、やこ(過去に銀の介との交流があり、妖怪の国の次代当主と目される)、銀の介(しんのすけの祖父、過去にやこと交流がある)とキーパーソンが3名出てきますが、このうちの誰に絞って見ればいいのか特に序盤はよく分かりません。やこと銀の介をメインに据えるとか、まめたと銀の介に交流があったとしてまめたを主軸にするとか、整理したほうが筋が見えやすかったように思います。また、中盤に野原一家が妖怪チームと野球をする場面は、両者に動機が感じられませんでした。やこが野原一家と打ち解けるため、そしてやこに銀の介との邂逅を思い起させるための場面なのでしょうが、物語を成立させるために挿入した感は拭えませんでした。ひろしの靴下オチには笑いましたが。また、終盤にお尻玉を取られないための防御策としてしんのすけの「ケツだけ歩き」がSNSで拡散されるのですが、前半のフリがいまいち弱くて急に出てきた感がありました。即座に全国区に拡がるご都合主義には目をつむるとしても、前半にもう少しフリを効かせたほうがすんなりと見れました。妖力を使って(?)しんのすけが大きくなるところも、ごめんなさい、さすがにどうだろうと思ってしまいました。劇場版のスケール感を出すために仕方なかったのかもしれません。そこは捻りの効いたアイディアがあれば、と思ってしまいました。

 

 とはいえ、この夏に親子揃って楽しめるエンタメ作品としては及第でしょう。心ゆくまで楽しみました!

 

 擱筆

 

勉強会 後記

・全体に緊張感に欠けた。もっと絶望的な状況に陥る作品も過去にはある。

・『平成たぬき合戦ぽんぽこ』と似たような設定・展開だが、ぽんぽこではたぬき側が大敗北を喫する。

・「今までのことは水に流してこれからは仲良くしよう」みたいな終わり方で本当に良いのか。例えば、人間と妖怪の総力戦に発展して人間が持てる力を余すことなく用いて大勝を収めたが、妖怪が妖力で破壊した街は元通りになるのに、人間が破壊した森はそのままだった、のような終わらせ方も考えられたのではないか。

・京極夏彦曰く、妖怪を都市と山林とに区分けするのは違うらしい。

・近年の社会通念の変化に呼応して表現も変化している。お尻を出さない、ゾウさんをしない、みさえがゲンコツで打たない、若い女性に執拗に絡まないなど。これまで「クレヨンしんちゃん」の面白さとして受け容れられてきたこれらの要素が消えゆくなかで、今後、いかに作品を展開していくのだろう。(私はみさえが怒ってばかりなのがなんとなく変だと思った。アニメ的な面白さにも欠けたし。しかし、怒ることすら心理的虐待に当たるとの見方もある。)

・時折、小ネタが挟まれたが、武藤敬司・坂上二郎・かしまし娘・川口浩(藤岡弘?)探検隊など、現役の親世代にどの程度伝わるのだろうか。どこに向けているのか分からなかった。

 

『ちいかわ 人魚の島のひみつ』

 勉強会の課題作品です。

 

 イラストレーター ナガノによる漫画『ちいかわ』の劇場アニメーション作品で、セイレーン編と呼ばれる長編エピソードが原作とのこと。私は、ちいかわが巷で人気であること以外、何も知らないまま鑑賞しました。主要キャラクターの名前すら分からず、劇中にお互いを呼び合ったりする場面もないので、なんかかわいいキャラの物語として、ある意味では純粋に受け取りました。

 

 ちいかわ、ハチワレ、うさぎは、簡単な討伐で多額の報酬をもらえるとの触れ込みに釣られ、とある島へと向かいます。島民が人魚に連れ去られていると知り、三匹はそれを解決することになるのですが、人魚にも訳があるようで…というお話です。

 

 人魚は名をセイレーンといい、よく歌います。これはギリシア神話に出てくる海の怪物がモチーフになっているようです。物語も古典的な素地を感じさせ、禁忌を犯す人間の姿を強く想起させました。また、罪を犯したことを知りながら断罪せず、それを覆い隠す終幕には深く考えさせられました。一見してポップで可愛らしく、荒唐無稽でありながら、暗いものを抱えた作品で、大変面白かったです。ここ数年のエンタメ作品にはアテンションをとる演出が多くて辟易していましたが、本作は過剰に神経を反射させるような場面もありません。『ちいかわ』の世界に馴染まないため、自然な選択だったのかもしれません。それでも周りの子どもたちは真剣に見ていました。私は、ちいかわが洞窟の中で船に乗り込むシーンがお気に入りです。主要キャラの中でも、めでたく?ちいかわ派になりました。

 

 擱筆